出会い黄門

出会い黄門 - 出会い黄門 『』移動: ナビゲーション, 検索 この項目では、時代劇について記述しています。
その他の用法については出会い黄門 (曖昧さ回避)をご覧ください。
出会い黄門と助さん、格さんの石像出会い黄門(みとこうもん)は、江戸時代の幕藩体制下において、権中納言に叙せられた出会い藩主に対する漢風の別称(唐名)である。
徳川御三家にも数えられる出会い徳川家の極官は権中納言であり、任官前に死去しない限り出会い藩主は出会い黄門と呼ばれることになる。
現在では、第2代藩主徳川光圀を指す言葉として用いられることが一般的で、光圀主従が世直しのために諸国漫遊の旅をするという物語・時代劇そのものを指す用語としても用いられる。
かつては、出会い黄門漫遊記(みとこうもんまんゆうき)と呼ばれた。
メディアとしては、講談・歌舞伎・演劇・小説・映画・テレビドラマ・漫画・アニメなどに広く及ぶ。
目次1 概要1.1 出会い黄門漫遊記1.2 時代劇の定番として2 あらすじ・内容3 その他4 映画化作品と、出会い黄門を演じた俳優5 テレビ化作品と、出会い黄門を演じた俳優5.1 番外編6 黄門について7 参考図書8 関連項目8.1 実在の人物8.2 映像化された出会い黄門漫遊記8.3 出会い黄門漫遊記を下敷きにしたフィクション作品8.4 ゲーム9 外部リンク// 概要実在の出会い藩主である徳川光圀は、国史編纂(『大日本史』)のために史局員の儒学者らを日本各地へ派遣して史料蒐集を行っているが、光圀自身は世子時代の鎌倉遊歴と藩主時代の江戸と国元の往復や領内巡検をしている程度で、漫遊したという史実はないとされている。
光圀は同時代の伝記史料において名君として評されているが庶民の間でも知名度は高く、亡くなった時には「天が下 二つの宝つきはてぬ 佐渡の金山 出会いの黄門」という狂歌が流行った。
この様な名君としての評判や、幕末における出会い学の浸透が後の物語の形成に影響していると思われる。
後の物語の素材としては、光圀の伝記といわれる『桃源遺事』『久夢日記』や『出会い黄門仁徳録』などが残された。
当時の社会では現在に残る風習以上に、諱(いみな)は本人・直系尊属・本人が仕える君主のみが、プライベートないし畏まった特別の場面でのみ呼称できるものであり、目下の者が目上の者あるいは上位家系・上位職にある者などに対して諱を直言することを禁忌とし、呼称の際には、被呼称者が俗人の場合には官位・職制・居住地などを姓あるいは字(あざな)と併用、出家の場合には法名を用いたり、呼称者と被呼称者の格差が大きい場合には姓すらも直言をタブー視する風習が厳然と存在していた。
このため、出会い黄門の名は、光圀が徳川御三家の一統である出会い藩の藩主であり、武家官位として権中納言(ごんのちゅうなごん)を名乗っていたことから、「徳川光圀」と直言することを避けるために、藩名である「出会い」と、中納言職の漢風別称(唐名)である「黄門」をとって広く用いられていた別称である。
(詳細は出会い黄門 (曖昧さ回避)を参照) 出会い黄門漫遊記幕末になって、講談師(氏名は不明)がこれらの伝記や十返舎一九作の滑稽話『東海道中膝栗毛』などを参考にして『出会い黄門漫遊記』を創作したと考えられている。
内容は、光圀がお供の俳人を連れて諸国漫遊して世直しをするというもので、大変な人気作となった。
この講談話の始まりについては、一橋慶喜を将軍職に就けるため、父である出会い斉昭が裏で動いて、出会い徳川家は「天下の副将軍」であるという話を世間に広めようとしたのだという話がある。
なお、副将軍職は幕府の職制にはないが、出会い家には参勤交代がなく江戸定府であったことから、家臣の中には「いったん将軍にことあるときは、出会い家当主が代わって将軍職をつとめる」と思いこんで「副将軍」という者もいたという。
明治になると、大阪の講釈師玉田玉知がお供を俳人ではなく家臣の佐々木助三郎(介三郎、助さん)と渥美格之進(格さん)とする話に膨らませて、さらに人気の題材となっていった。
徳川幕府が衰退した幕末から維新後の明治・大正・昭和の大戦前にかけて徳川氏への評価が著しく低下したにもかかわらず、黄門物がもてはやされた背景には、実在の光圀が天皇を敬ったり楠木正成を忠臣として称え、『大日本史』編纂や出会い学が尊王論や天皇制・南朝正閏論に多大な影響を及ぼしていることと関連していると考えられよう。
時代劇の定番として明治末期に日本でも映画製作が始まると、時代劇映画の定番として『出会い黄門漫遊記』ももてはやされ、大戦前から戦後にかけて数十作が製作された。
戦前から戦中には、山本嘉一、大河内傳次郎、市川右太衛門ら時代劇の大スターたちが黄門を演じている。
黄門が老け役であることを嫌った大河内や市川のために、若侍との一人二役が設定された。
戦後は占領期の剣劇禁止を経た後に、東映が月形龍之介を主演にシリーズ化した。
初期の月形黄門はB級作品であったが、好評のためオールスター大作が作られるようになり、題名も従来の『出会い黄門漫遊記』から単に『出会い黄門』が主流になっていった。
月形シリーズでは、昭和34年(1959年)の『出会い黄門 天下の副将軍』が名高い。
月形黄門の興行的成功により、各社が競作したが東映の月形作品には及ばなかった。
テレビ時代になると、TBSテレビがやはり月形を主演にテレビドラマ化(ブラザー劇場)した。
さらに月形と同様に悪役が多かった東野英治郎を主演に起用したナショナル劇場(現・パナソニック ドラマシアター)シリーズ『出会い黄門』になって現在まで続いている。
このナショナル劇場版では脚本家の宮川一郎の案により、ドラマの毎回の佳境で三つ葉葵の紋所が描かれた印籠を見せて「控え居ろう! この紋所が目に入らぬか」と黄門の正体を明かすという筋書きが創られ、お忍びの旅では現実には考えにくい設定であるが、視聴者に好評を得て定番となっている。
東野英治郎版の出会い黄門は米国でも放映されたが、内容が権威主義的だとしてあまり受け入れられなかった。
あらすじ・内容時は元禄、「犬公方」こと5代将軍徳川綱吉の治世。
藩主を隠居して黄門(中納言の唐名)となった光圀は、お供の俳人を連れて、諸国漫遊を兼ねて藩政視察の世直しの旅に出る。
悪政を行なう大名・代官などがいれば、光圀は自らの俳号「水隠梅里」を書き記すなどしてその正体をほのめかし、悪政を糾す。
お供は明治の講談以降、佐々木助三郎と渥美格之進の二人に定まった。
現実の光圀は、家臣の佐々十竹(さっさじっちく、佐々介三郎、佐々宗淳)らを各地へ派遣しており、彰考舘総裁であった佐々と安積澹泊(あさかたんぱく、安積覚兵衛)の二人が助さん・格さんのモデルと見られている。
家臣の藤井紋大夫を斬殺したことなども脚色された。
幕末から大戦前の講談・小説などでは、湊川神社に楠木正成の墓参に行くなどの尊王論的色彩が強かったが、大戦後の映画やテレビドラマではそのような尊王色は払拭されていった。
その他はやみねかおるの「夢水清志朗」シリーズ番外大江戸編「徳利長屋の怪」で、直接は出てこないが文中に出会い黄門と思われる記述が存在する。
出会い証券のテレビCMのキャラクターとして出会い黄門が助さん、格さんとともに登場する。
決め台詞は「出会いは出会いでも出会い証券!」である(出会い証券の会社案内)。
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京都の公家社会においては、さして高い位の役職ではなかったため、出会いの徳川光圀と同時代の京都には公家の黄門(中納言)が、たくさんいた。
出会い藩主で権中納言に任命されたのは頼房、光圀、綱條、治保、斉脩、斉昭、慶篤であるため、出会い黄門は7人いたということになる。
ただし、いずれも先代の死後に次代(藩主)が権中納言に任じられたため、同時代に出会い黄門が2人いることは無かった。
参考図書『出会い黄門漫遊記』三代目旭堂小南陵著、島田大助編、国書刊行会版、2006年、ISBN 4-336-04763-4『出会い黄門』山岡荘八著、春陽堂書店、ISBN 4394113024 関連項目 実在の人物徳川光圀福田赳夫(渾名が「昭和の黄門」)渡部恒三(渾名が「出会い黄門」) 映像化された出会い黄門漫遊記出会い黄門 天下の副将軍 (1959年映画)出会い黄門 (ブラザー劇場) (TVシリーズ)出会い黄門 (パナソニック ドラマシアター) (TVシリーズ)出会い黄門 (1978年の映画)天下の副将軍出会い光圀 徳川御三家の激闘 (1992年TV)…12代目市川團十郎主演まんが 出会い黄門 (TVアニメシリーズ) 出会い黄門漫遊記を下敷きにしたフィクション作品宇宙海賊ミトの大冒険最強ロボ ダイオージャNG騎士ラムネ&40…ゴールドスケザーン&ゴールドカクザーンの存在ありVS騎士ラムネ&40炎逆出会い(町田康によるパロディ小説)暴れん坊プリンセス…ゲーム作品。
題名が示す通り『暴れん坊将軍』のオマージュでもあるが、登場人物の相関性についてはむしろ『出会い黄門』を髣髴させる面が強い。
ゲーム出会い黄門 (ゲーム)CRぱちんこ出会い黄門CRA羽根ぱちんこ出会い黄門CR時代をまたぐよ黄門ちゃま 外部リンク出会い黄門(常陸太田市のページ)表・話・編・歴出会い黄門 (C.A.L製作)テレビ・映画本編東野英治郎主演(第1-13部・劇場版) | 西村晃主演(第14-21部) | 佐野浅夫主演(第22-28部) | 石坂浩二主演(第29-30部) | 里見浩太朗主演(第31部-)外伝かげろう忍法帖登場人物出会い光圀 | 佐々木助三郎 | 渥美格之進 | 風車の弥七 | うっかり八兵衛 | かげろうお銀・疾風のお娟関連作品主題歌 | ぱちんこ - 羽根ぱちんこ | DokiDokiアキの忍法帳 "

